大判例

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東京高等裁判所 昭和51年(ツ)78号 判決

上告人

更生会社五味縫製株式会社

更生管財人

木嶋日出夫

被上告人

トヨタオート長野株式会社

右代表者

内山忠二郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由について

被上告人を売主とし、更生会社五味縫製株式会社(以下「更生会社」という。)を買主として本件自動車の所有権留保約款付割賦販売契約が締結された後、更生会社につき会社更生手続が開始され、その当時更生会社は金二七万六〇〇〇円の残代金債務を、一方被上告人は右残代金債務が完済されたとき更生会社に対し本件自動車の所有権移転の登録をすべき義務を負つていたことを確定した上、右の場合は会社更生法一〇三条一項の「双務契約において会社及び相手方が更生手続開始当時まだともにその履行を完了しないとき」にあたり、更生会社の管財人たる上告人において契約を解除することなくその履行を選択したから、被上告人の残代金債権は同法二〇八条七号により共益債権となるものと解し、上告人に対しその履行を求める被上告人の予備的請求を認容すべきものとした原判決の判断は正当であつて、その過程に右各法条の解釈適用を誤つた違法は存しない。

上告人は、原判決のように解するときは、登録を対抗要件としない動産の所有権留保約款付割賦販売契約との間に不当な差異を生ずる旨主張する。しかしながら、会社更生法一〇三条一項、二〇八条七号の規定は、双務契約にあつては対立する二個の債権が対価関係にあり、互いに他を担保視しあう関係に立つているにもかかわらず、双方未履行のまま会社更生手続が開始されるや、相手方に対し、その債権につき更生債権として更生手続による制約をうけることを受忍させる一方、その債務の完全な履行を強いるというのでは衡平の原則に反するとの考慮から、管財人において相手方にその債務の履行を求めるのであれば、その債権はこれを共益債権として扱い更生手続外で完全に履行させることとして、双務契約上の両債権の間に存する対価関係を保障し相手方の保護をはかる趣旨に出たものである。そして自動車の売買(それが所有権留保約款付割賦販売であつても異なるところはない。)において所有権移転の対抗要件たる登録名義の変更手続をすることが売主の重要な義務であることはいうまでもないとともに、残代金が完済さたとき右義務を履行すべきものとされている場合には、売主としては、買主からの残代金の完済のない限り登録名義の変更手続を強いられることはないわけであり、右双方の義務の履行未了の間に買主につき更生手続が開始された場合は、不動産の売買において同時履行の関係に立つ代金支払と所有権移転登記義務の履行とがともに未了のまま更生手続が開始された場合と同様に正に右の衡平の見地からの考慮を及ぼすべき場合であるということができる。これに反し、登録を対抗要件としない動産の売買において目的物の引渡を了し、代金債権のみが残つている場合には、売主にはもはや代金の完済時まで履行を拒絶しうべき義務は存在せず、残代金債権につき更生手続による制約をうけつつ右債権と対価関係に立つ自らの債務の履行を更に強いられるという関係にはないのであるから、右売主が前記各法条による保護をうけえず、所有権留保の特約自体の効力として認められる限度で代金債権に対する担保目的の実現をはかりうるにとどまるとしても、けだしやむをえないところであるといわなければならない。右と異なり、所有権留保約款付割賦販売の目的たる動産をすべて一律に扱い、不動産売買の場合とは取扱を異にすべきであるとする論旨は、前記各法案の立法趣旨に照らし、当裁判所の採用しえないところである。所有権留保約款付割賦販売契約の売主として採りうる手段が他に存する旨の所論をもつては、右各法条の適用を否定すべき論拠とするに足りず、また自賠法上の運行供用者責任の所在の如きは、全く異なつた観点から検討されるべき別個の問題であつて、ここに論すべき限りでない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(室伏壮一郎 横山長 河本誠之)

【上告人の上告理由】 原判決は、会社更生法第一〇三条の解釈を誤つた違法があり、取消されるべきものである。以下その理由を詳述する。

1 原判決は自動車の所有権留保約款付割賦販売について、残代金を残し、登録名義がまだ売主にある段階で、買主につき、会社更生開始決定があつた場合には、会社更生法第一〇三条の適用があると解釈し、上告人が契約を解除しないという意志表示をしたから、残代金請求権は共益債権になると判示している。

そして、売主である被上告人の未履行の具体的内容として、道路運送車輛法による自動車登録をあげている。

2 しかしながら、等しく動産の所有権留保約款付割賦販売でありながら登録を要する動産(自動車など)については、買主につき未履行だから残代金請求権は共益債権になり、随時弁済を受けられるが、登録を要しい動産(たとえば機械など)については、売主は履行を完了しているから、残代金請求権は更生債権(更生担保権あるいは優先権ある更生債権)となり、会社更生手続による弁済しか受けられないという差異をつけることには、全く合理的な理由は見い出せない。

けだし、更生会社に対し反対債務を残している売主(自動車の売主)の方が、履行を完了している売主(機械の売主など)よりも、会社更生法上きわめて有利な取扱いをうけるというのは、衡平の理念にも反し、社会的通念にも反する結果をひきおこすからである。

3 動産の割賦販売における所有権留保の法律的性質については、停止条件付所有権移転であるというのが、判例・通説であり、所有権移転の物権行為を、代金完済まで留保するのではなく、物権行為は、契約時かおそくとも物件引渡の時までになされ、ただその効力発生が代金完済という停止条件にかかつているに過ぎない。この法律的性質は、登録を要するものであろうと、要しないものであろうと同じである。

この意味において、不動産売買の場合、代金完済と所有権移転登記とを同時履行にかからしめ、代金完済まで所有権を売主に留保するという特約が、法律的にも、移転登記のときに物権行為があつたと解釈される場合が多いのとは、法律的意味を全く異にし、社会通念上も異なるものと理解されているのには、合理的理由があるのである。

原判決は、不動産の登記も自動車の登録も第三者に対する対抗要件を完備させるものとして重要な債務であるとし同一に取扱つているが、売主と買主との間の問題である右に述べた法律的性質に関する重大な差異を全く看過している。

自動車の場合、特段の事情がない限り、機械などの動産と同様に、引渡があつたときに、「会社更生法第一〇三条にいう履行」は完了したものと解釈すべきである。本件の場合、更生開始決定時までに右引渡は完了している。

4 割賦販売における所有権留保の特約は、専ら代金債権担保のためであり、それ以外の何の目的もない。このことは、登録を要する自動車の場合であろうと、登録を要しない機械等の場合であろうと、全く同様である。

そしてその事実は、いつたん売主から買主に所有権を移転し、そのあと直ちに買主から売主にその物件が譲渡担保に供されたのと同様な状態なのであつて、売主の所有権は全くの形骸にすぎないのであつて、法形式の差異にのみ目を奪われた原判決はこの意味においても誤つているといわなければならない。

従つて、本件の場合にも、被上告人の残代金請求権は、更生債権(更生担保権あるいは、優先権ある更生債権)として取扱われるべきものであつて、会社更生法第一〇三条が適用され、共益債権になるという解釈は誤つているものと言うべきである。

5 右に述べた解釈は社会通念上も妥当性をもつ。

すなわち、通常会社更生事件は、支払不能状態となり、更生開始の申立が裁判所に対しなされてから、更生開始決定があるまで数ケ月を要している。そして、支払不能となつた状態は、当然にすべての債権者に直ちに知れわたる。自動車の所有権留保約款付割賦販売の売主も、支払不能となつてから、更生開始決定までの間に、とるべき手段はいくらでもあるのである。その間に債務不履行による契約解除の意志表示を当該会社になし、自動車の所有権を確定的に売主のものとしておき、取戻権を行使することもできるのである。

そして、損害があれば、これを更生債権として届け出ることさえできるのである。

また、右のような手続をとらない場合でも、更生開始決定後に手続に従つて更生債権(更生担保権あるいは優先権ある更生債権)として届け出れば、残代金請求は、更生管財人によつてきわめて有利な取扱いをされ、通常全額弁済も受けられているし、更生計画審議にあたつても強力な発言権が会社更生法上保障されているのである。そして、会社更生事件が破産手続に移行すれば、別除権の行使もできる。

このような有利な地位にある自動車の売主に対し それ以上に有利に共益債権者であるとして取扱う解釈は、他の更生債権者(下請工賃・代金請求権ですら、更生開始決定前の原因に基づいて発生したものは、更生債権として取扱われ、ただ一定の要件がある場合に、裁判所の認可を得て、更生計画によらない任意弁済が認められているにすぎない。)との対比においても許されないものと言うべきである。

6 このことは、自動車損害賠償保障法において、自動車の所有権留保約款付売主は、運行供用責任を全く負わないとの解釈との対比においても明らかであろう。自動車販売会社は、自賠法上の責任は全く負わないが、会社更生法上は、共益債権者として、他の多くの更生債権者をさしおいて随時弁済を受けられ、強制執行もできるという解釈は、社会通念上も衡平の理念に反し、許されないものと言わなければならない。

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